本文千文字。
主人公主観の一人称です。

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■タイトル:助けてクラーク博士

■ジャンル:乙女ゲーム(現代もの、上司と部下)

■人物
濱中美紀(23) 営業職
高瀬健一郎(29) その上司

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■本文

 

○ビジネスホテル・室内(朝)

 

朝の日差しが差し込んでくる。誰かが部屋のカーテンを引いたんだ。
でも私はもう少し寝ていたくて、自分にかかった布団を引っ張り上げる。
??「寝るな」
聞き覚えのある男の声に私は勢いよく顔を上げる。だって、その声は。
美紀「高瀬主任……!」
高瀬「おはよう」
美紀「……おはよう、ございます……」
私は急いでベッドから降りる。うう、スカートもブラウスもぐちゃぐちゃだ。
メイクは……やっぱり落としてなさそう。
高瀬主任はもうきっちりとスーツを着ている。
美紀「あの、私、昨日」
高瀬「飲めないのに飲むからだ」
むすりとした声に、私は小さな声で反論する。
美紀「……でも、接待相手に勧められたら」
高瀬「だからその分俺が飲むと」
美紀「あれ、てっきり高瀬主任が地酒を気に入ったからだとばかり!」
高瀬「だから俺から酒を奪い返したのか?」
美紀「だって! 営業は取引先から贔屓されてナンボだっていつも言ってるじゃないですか!」
高瀬「無理をして倒れろとは言った覚えがないぞ」
美紀「それは……」
高瀬「自分の適量くらい覚えておけ。ここまで連れて帰るのに俺がどれだけ苦労したか」
美紀「すみません……」
私はうなだれるしかない。
だって二軒目の店で高瀬主任から奪い返した地酒を煽ったところから先の記憶がないんだもの。
高瀬「全然覚えてないのか?」
私は小さくはい、と答える。
高瀬「H大のクラーク像が胸像なのは詐欺だ! って突然テーブルを叩き出したこととか」
だって大学に全身像があるって思ってたんだもん。
高瀬「さらに『少年よ大志を抱け』のポーズを取引先に強要し始めたことも」
だってあれが見たかったんだもん。
高瀬「最後はクラーク博士がマントを着用していたかどうかでまた大騒ぎ」
えっと……着用してた……ような……。
高瀬「ちなみに着用しているのはコートだ」
調べたんだ……。
高瀬「さて、取引先からおまえに伝言だ」
私はうつむいたまま拳をぎゅっと握り締める。
高瀬「今日は予定を変えて羊ヶ丘展望台にご案内しましょう、だとさ」
驚いて顔を上げた私に高瀬主任は機能性ゼリーを投げて寄越す。私は慌てて両手で受け止める。
美紀「普通に渡してくださいよ」
文句を言う私に、ぼそりと声が降る。
高瀬「仕事相手でしかないなら触らないで、って」
美紀「……えっ!? えええっ!?」
動揺する私を尻目に高瀬主任は部屋を出て行った。
私は一人になった部屋で頬にゼリーを当てる。それはひんやりと冷たかった。


<了>